1941年6月、ヒトラー率いるドイツ軍は300万余りの兵士と、3400両の戦車をしたがえてソ連への侵攻を開始した。
当初、ソ連の国力を過小評価していたヒトラーは、この戦いを4か月、つまり冬がくる前に終結するつもりでいたらしい。
ヒトラーの予想どおり、しばらくのあいだは、ドイツ軍が断然優勢という状況がつづいた。
ソ連軍は、ドイツ軍のすさまじい進撃に335万人にもおよぶ捕虜をだし、一時はひじょうに大きな危機に直面していたのである。モスクワにいたスターリンも絶望のあまり、一時は指揮をとるのを放棄したほどである。
しかし実際、勝負は終わってみなければわからない。12月になって、戦況は刻々と変化していったのだ。軍需工場を疎開させ、大量の兵器を送り出せるようになった
ソ連軍は祖国防衛に燃えていた。
ドイツにとってさらに悪いことに、この戦争を楽観視していたドイツ軍にはソ連の厳しい寒さから身を守る冬じたくがまったく無かったのだ。
こうしてヒトラーの予想に反し、力をつけてきたソ連軍はモスクワの北と南、両方向からドイツ軍の前線に突入してきた。
これにたいし、ヒトラーは、
「前線を死守せよ」
という無謀とも思える指示をだす。ところが兵士たちはこの命令を無視。彼らは勝手に撤退をはじめたのである。
冬将軍とソ連軍の思わぬ反撃に、さすがのドイツ軍も太刀打ちできなかったようである。

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