西鉄(現・西武ライオンズ)にとって、それは、いまわしき悪夢だったにちがいない。
昭和25年5月14日、後楽園球場でおこなわれた対大映戦でのことである。西鉄の監督や選手が経験した悲劇は悲惨このうえないものだった。
この試合、西鉄は5対3とリード、9回裏の大映の攻撃にはいった。2本のヒットと1死球で2死満塁となり1打同点のチャンス。そこで大映は6番山口富雄にかえて左打ちの渡辺一衛を打席に送りこんだ。
一方、西鉄は打球がライト方向に飛ぶ率が高いとみて守備の上手な笠石徳五郎をレフトからライトに、守備に不安のある木暮力三をライトからレフトに移した。
これで西鉄の守りは万全に思えた。打者の渡辺はカウントワンストライクワンボールから打ちに出た。ところが打球は予想に反してレフトへ。平凡なフライだったが、悪いことにレフトにまわされてホッとしていた木暮が、自分のところにフライが飛んできたことにあわてたのか、落球してしまったからたまらない。西鉄の守備陣がエラーしたボールの処理にとまどっているあいだに全員がホームイン。大映がたったひとつの落球で6対5の逆転満塁サヨナラ勝ちをしたのである。

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