プロボクシングの沼田義明は、昭和42年に世界ジュニア・ライト級の王座についたものの初防衛戦で敗れ、その後、45年4月に王座を奪還、ふたたびチャンピオンとなった。
そして、5か月後の9月、挑戦者ラウル・ロハスを日大講堂にむかえて初防衛戦をおこなった。
フットワークを生かして離れながら戦うのが身上の沼田にたいして、ロハスは相手のフトコロに深くもぐりこんで強打するタイプ。
初回は両者とも相手の出方をうかがっていたが、2回以降は激しい打ち合いになった。早くも2回でロハスがダウン。が、こんどは4回にロハスのパンチを顔面に受け、沼田がダウン。
五回にはいると、完全に挑戦者ロハスのペース。ロープを背に逃げまわる沼田。執拗に襲いかかるロハス。ロハスのパンチが、沼田のボディと顔面を連打する。沼田のダウンはもう時間の問題であるかのようにみえた。
ところが、このとき、フラフラになりながらも沼田は冷静だったのだ。相手のすきをついてパンチを出そうと考える余裕があった。そして、5回2分37秒、まさに一瞬だった。
コーナーに追いつめられていた沼田の右アッパーがロハスのアゴに命中。ロハスはその一発でマットに沈んだ。沼田が絶体絶命のピンチでくり出した一発大逆転のKOパンチだった。

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