将棋というのは、みた目が静かなわりに、ひじょうに熾烈な戦いが展開される勝負ごとである。いったん勝負が開始されれば、想像を絶するほどの集中力が要求され、ちょっとでも油断したりミスを犯したりすると、即、それが負けにつながってしまう。
江戸時代の1709年秋、将棋の歴史に残る大一番が開始された。手合わせをしたのは、江戸時代の将棋の家元大橋宗桂(そうけい)の後継者として養子に選ばれた宗銀(26歳)と、分家の後継者伊藤印達(13歳)。
両家の運命がかけられた一騎討ちだっただけに、ふたりの意気ごみは物凄く、息づまるような対局となった。
最初は印達が勝ちつづけたが、38、9番では宗銀にしてやられ、40番では印達の勝ち……という具合でけっきょく、3年越し、57番というすさまじい勝負の結果、伊藤印達が勝利をおさめたのである。
印達の緊張と喜びは、相当なものだったにちがいない。勝利がきまった瞬間、それまでの緊張感のせいか、印達は突然血をはいて卒倒し、そのまま死んでしまった。
せっかくの日本一が、ほんの一瞬で終わってしまった印達。負けたのに、生き残って日本一の座を結果的に手中にした宗銀。ほんとうに勝ったのはどちらというべきなのか?とんでもないドンデン返しだった。

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