旧ソ連(現・ロシア)の世界的な物理学者レフ・ランダウが交通事故で重体におちいったのは1962年1月7日だった。
一流の医師らが全力をあげて手をつくし、なんとか1か月以上は生命を保っていたが、やがて脳と全身に浮腫(ふしゅ)がはじまり、もうだめかと思われた。
そこで、旧ソ連物理学界の大御所カピツァが西側6か国の友人に電報を打ち、抗生物質などを送りこんでもらった。
その結果、とりあえず生命はとりとめる状態にまでもちなおしたが、ランダウの目にはまったく生気がない。このままでは、いずれにしても死を待つばかり。
医師団はランダウ夫人に手術の必要があると伝えた。だが、夫人としては危険な手術はなんとしても避けてほしかった。
彼女はベッドの脇で「私のこと、わかる」と何度も夫に話しかけた。
すると、何度目かについにランダウがうなずいた。それからは夫人の言葉にいろいろと反応。とうとう意識がもどったのである。まさに「愛が通じた」としか思えないどんでん返しだった。

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