隆盛を極めた平氏が、木曽(源)義仲によって都を追われたあとの話である。
戦いなどにはなんの意欲もなく、ただ豪華で贅沢な生活をおくっていた平氏は、すでに源氏の敵ではなかった。
しかし、こんな平氏も、水島の戦いでは源氏に逆転勝利をしている。
寿永(じゅえい)2年閏(うるう)10月1日(1183年11月17日)、この戦いのとき、岡山県南部、瀬戸内海に面した水島にいた平氏を、源氏が海から盛んに攻めていた。
しかし、勢いよく攻めていた源氏のほうが、なぜか突然大あわてでちりぢりに逃げだしてしまったのである。
じつは、この日は日食の日だった。戦闘のさなかに、突然太陽がかけはじめ、日の光がみえなくなったのである。なんの知識もなかった源氏のほうは、天の突然の変化にあわてふためき、恐れをなしてしまった。
ところが、平氏のほうはまったく平然としていた。彼らは、この日に日食が起こることをあらかじめ知っていたのだ。あわてる源氏にむかって、勢いよくときの声をあげ、源氏をさんざんに打ち破ったのである。
現代の科学で調べてみると、この日食は金環食(太陽面の中央部が月に隠れて、ふちが金環状にみえる日食)で、その日、午前9時56分にかけはじめ、午後1時17分に終わったと推測できる。真っ暗というほどではなかっただろうが、天文の知識のない者には驚くに十分なものだったろう。水島の戦いを制したのは、平氏の天文の知識のおかげだったのである。

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