第二次世界大戦中、日本から多くの開拓団が満州(現中国・東北地方)に渡った。山梨県に住む飯島俊太郎さんもそうしたうちのひとり。
終戦を迎え、飯島さんの消息は途絶えた。多くの満蒙(まんもう)開拓団がたどった悲劇が彼を襲ったのだろう。
そして、昭和59年には甲府地裁は飯島さんにたいして戦時死亡を宣告した。飯島さんの死亡を疑う人はひとりもいなかった。
ところが、平成3年8月。戦友会「李家会」に一通の手紙が届いた。
なんと、差出人は戦死したと思われていた飯島俊太郎さんではないか。
手紙によると飯島さんは61歳になり、シベリアに住んでいるとのこと。彼は終戦後、旧ソ連領に迷いこみ、かの地で逮捕され、3年間服役。
そののち現地で女性と結婚、旧ソ連国籍を取得していたのだった。半世紀を経て、飯島さんは死から生へ浮上したのである。

スポンサードリンク
スポンサードリンク