かの独裁者アドルフ・ヒトラーにも、いつ殺されても不思議はないほど、多くの暗殺が計画されていた。
なかでも、よく知られているのが1944年の事件。この年の7月20日、ヒトラーは東プロセインでの軍事作戦会議に出席することになっていた。
よく予定を変更したり、キャンセルばかりしていたヒトラーだが、こんな重要な会議を欠席するはずがない。ヒトラー暗殺のまたとないチャンスだった。
会議の場所は、コンクリートの建物から木造の建物へと変更されたものの、予定どおり会議は開かれた。
暗殺者は、爆弾を仕掛けたブリーフケースをヒトラーの席の近くに置いた。これがそのまま爆発すれば、ヒトラーは確実にあの世行きのはずであった。
ところが、爆発の寸前だった。ブリーフケースに気づいた将校が邪魔だとばかり、ヒトラーとは反対の方向へ押しやってしまった。
悪いときには悪いことが重なるものだが、それでなくとも木造の部屋では爆弾の威力はひどく弱くなる。衝撃が発散されてしまうからだ。
結局、この爆発では4人が死亡、数人が重傷を負ったものの、肝心のヒトラーは、軽いヤケドと鼓膜が破れただけで済んだのである。
これこそ悪運だ。

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