天下統一を成しとげた豊臣秀吉は、つぎに朝鮮を支配する野望を抱いた。そして、2度にわたる朝鮮出兵をおこなったのはご存じのとおり。
朝鮮としては、これは国運をかけた一大事である。この危機を救い、日本軍を恐れさせたヒーローが李舜臣だったのである。
1592年、秀吉は16万の大軍を朝鮮におくりこんだ。熾烈な戦いがつづき、とうとう首都である漢城も陥落させ、日本の勝利は目前に迫っていた。その祖国の窮地を救ったのが、李舜臣率いる亀甲船であった。
これは、船の中央にある甲板を亀甲型の鉄板で覆った船のことである。戦士と漕ぎ手は船のなかにはいっており、前後左右に火砲を備え、横にも縦にも自由自在に動くことのできる当時としては、画期的な戦艦である。
この船は、敵艦に遭遇すると、まずいっせい砲火をあびせておき、接近戦になれば、体当たりで船腹を破壊してしまうという威力をもっている。この亀甲船の出現によって、日本軍は有利にすすめていた戦いに大敗。
そこへ追いうちをかけるように、秀吉の死のニュースが飛びこんだ。これによって、朝鮮は起死回生。土壇場で息を吹き返し、日本軍をつぎつぎと撃破したのである。この逆転勝利の立役者となった李舜臣は、残念ながら奮戦中に弾丸に当たって戦死するが、朝鮮の国王は彼の活躍にたいして、「忠武」の諡(おくりな)をあたえたという。

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