1912年10月14日、セオドア・ルーズベルトは大統領選の演説会場のミルウォーキー市公会堂にいくため、ホテル・ギルパトリックからオープンカーに乗ろうとした。そのとき、一人の男が近づいてきて、2メートルあまりの至近距離で拳銃を発砲。
銃弾は、ルーズベルトの左胸に命中した。シャツは血まみれ、靴にまで血がたまるほどの傷を負った。
だが、彼は予定どおり演説を強行したのだ。野次を浴びせられれば、悠然とベストのボタンをはずし、血で染まったシャツをさらして、聴衆に印象づけたという。
左胸を撃たれながらも、この余裕。
じつは、至近距離から撃たれたにもかかわらず、弾丸はかろうじて心臓に届いていなかったのである。
というのも、ジャケットの左ポケットに、金属製の眼鏡ケースと50ページの演説原稿を入れていたからである。これが大統領の命を、すんでのところで救うこととなった。銃弾の威力は弱まり、胸を貫通しなかったというわけだ。
しかし、銃弾の摘出は見送られた。というのも、銃弾が心臓に近すぎるため、手術は危険と判断されたのだ。そんなわけで、ルーズベルトは死ぬまで弾丸を体の中にもったままだった。

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