第二次世界大戦中のこと。ディナー用のタキシードのおかげで、Uボートの攻撃をまぬがれた男がいた。
1919年にアメリカに亡命し、テレビの送信管と受像機を発明したロシア人の電子工学技術者ウラジミール・K・ズウォーリキンである。
彼が第二次世界大戦の勃発を迎えたのは、レバノンのベイルートにいるときだった。戦況が悪化する前にニューヨークヘもどろうと、ロンドンから大西洋横断汽船アシーニア号に乗りこむことになった。
ところが、船の切符を買う寸前に、ズウォーリキンはレバノンに忘れ物をしてきたことに気づいたのである。
それは、タキシードだった。
たしかに、船中でのディナーにタキシードは欠かせない。とはいっても、戦況が不安定なこのときに、とって返すほどのことだったのかどうかはわからないが。とにかく彼にしてみれば、ファースト・クラスのレストランでタキシードを着ずに食事をすることは、この上もなく恥ずかしいことだったらしい。
しかし、このこだわりが彼を救った。
タキシードを新調するズウォーリキンをロンドンに残して出航したアシーニア号は、1939年9月4日、ナチス・Uボートの魚雷を浴びて、死者128人を出す大惨事に見舞われたのである。

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