彼女に初めて会ったとき、その名を聞いて「わしと同じ名か」と坂本竜馬はいったという。この女性が、京都の旅館、寺田屋の養女、お竜さんである。
日本で最初に新婚旅行をしたのは、このふたりだといわれるが、親族もよばずに、ふたりだけで結婚式をあげたのも、このふたりが最初だったかもしれない。そのときに、媒酌人をつとめたのは、西郷隆盛。しかし、このような、当時としては例のない結婚だったので、坂本家では、お竜を正式な嫁とは認めていなかったようでもある。
というのも、お竜が土佐の坂本家にいくのは、竜馬が殺されてからの話。最初は歓迎してくれていたようだが、家事などほとんどできないお竜は、だんだん居心地が悪くなり、竜馬の姉とも仲がしっくりこない。
そこで、京都に戻るのだが、寺田屋もそれどころではなかった。京都は鳥羽伏見の戦いで戦場となってしまったので、商売どころではなく、とてもお竜の面倒などみる余裕はなかった。
その後、東京にでるのだが、たよりにしていた西郷は征韓論に敗れ、鹿児島に帰ってしまう。
こうして、お竜はだれも面倒をみてくれないので、お妾さんのようなことをしたりして、その後の人生を送った。
亡くなったのは明治39年。66歳だったという。

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