1185年、源氏と平家の天下わけ目の合戦が、いままさにくり広げられようとしていた。本土、九州の各地を追われた平家は、関門海峡の彦島を根拠地に源氏を迎え撃つことになった。海上の戦いのほうが平家にとって一歩も二歩も有利なのである。
3月24日、平知盛(たいらのとももり)に率いられた平家軍は三隊にわかれ、義経率いる源氏軍打倒に出帆(しゅっぽん)する。そこで、得意の集中矢戦戦法を用い、源氏を圧倒。しかも海流をも味方につけ、絶対の優位に立った。
兵力では勝りながら追いつめられた源氏の大将義経は、そこで一計を案じた。一発逆転の秘策はないものか……。そのとき義経の頭に浮かんだのが、これまでの常識にはなかったまったく新しい戦法であった。
敵の武士を射つのではなく、船をあやつる水夫を射ちとるのである。いくら平家が水上戦が得意でも、漕ぎ手がいなくてはなんにもならないというところに目をつけたのだ。
この戦法で、源氏は一気に形勢を逆転させ、平家を追いつめる。そして、壇の浦まで追われた平家はつぎつぎと海中に身を投じ、滅亡してしまうのだった。
まさに、形成逆転の秘策だったわけである。

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